田中功起 «Vulnerable Histories (A road Movie)» MIGROS Museum

田中功起の«Vulnerable Histories (A road Movie)»が展示されたのは、スイス・チューリッヒのMIGROS(ミグロ:スイス国内最大級の小売企業) Museum。

在日韓国人の女性が、同じように日本ではマイノリティーの出自の男性(日系アメリカ人の母を持ち、アメリカ国籍のバーゼル育ちでスイス在住)との対話の中で、それぞれのルーツについて語り、ヘイトスピーチを始めとする日本で起こっている在日韓国人についての差別に向き合う映像作品である。

Chapter 1: Two Letters

スイス人の男性は「彼女」と私たちをつなぐ仲介者としてとても重要である。
この作品が、もし当事者である在日韓国人同士が登場人物であれば、鑑賞者のマジョリティであるスイス人にはとてつもなく遠い世界になってしまっていただろう。一般人の想像力とはとても狭く、遠い自分の知らない世界のことについてイメージすることはとても難しい。(と私はいつも自戒を込め、痛感している。)ヨーロッパ人でもある彼が自身の出自について語りながら彼女と対話することが、彼女の身に起こっている問題について、鑑賞者も思いを馳せるための動線になっている。

最初の展示室は二人の当事者の写真のルーツに関する写真プリントのインスタレーションと、二人が東京で観光している様子を記録している長回しの映像から始まる。
Chapter1の映像ではそれぞれのルーツについて語り、chapter 2では在日二世でもある社会学者の講義を受け、ネットに上がっているヘイトスピーチの映像を見たり、実際それが行われた公園に向かったり、知識を深め、実際に体験してゆく。

二人は、「人種差別撤廃条約」や「ヘイトスピーチ解消法」などの文言を、ヘイトスピーチが行われた川崎の公園で唱える。
法律の文章というのは、とても簡潔で、「正しい」ように聞こえる。
その「正しい」文章を、「韓国人は害虫だ!」などと実際に人々が叫んでいた場所で聞くと、その二つの事象が激しく乖離していることがはっきりと分かる。何かがはっきりとおかしく、胸が苦しくなる。

Reading 2: Provisional disposition allegation case of prohibition for hate speech (2016)

エピローグは、登場人物二人だけの会話、二人と田中功起の会話、社会学者の在日二世の女性と田中の会話が記録されたReflective Barでの映像。
作家が映像作品の中で本人の考えを語っているのがとても新鮮だった。そして、「共に生きる(living together)」と言っていたのが印象に残っている。
ひどいことをする人たちに罰を与えるべきなんだろうけど、それだけで済むほど単純ではないーそれで収めようとするには世界は広すぎ、色々な力が絡まりすぎているー世界で、どうやって共に生きれば良いのだろうか。

読み上げられた「人種差別撤廃条約」を実際に読むことができる

私が写真を撮っていると、スタッフの一人の女性が話しかけてきた。展示会場に数名いる彼らは、作品について知識を教えるエデュケーターではなく、私たちと作品の”媒介者”として、鑑賞者と対話をし、共に考える存在である。作品について各々思うことをおしゃべりをした。


ある鑑賞者が彼女に、「なぜこれがドキュメンタリーではなくアートになるのか?」と訪ねたという。(この問いは、美術のど真ん中にいる人たちにはあまり惹かれない問いかもしれない。) ドキュメンタリーがあくまで「真実」や「客観性」を追求しようと試みる(そんなもの存在するのか、という議論もあるだろう)のに対して、この展覧会は、私たちが登場人物に感情移入するのを止めようとしない。行ったこともない遠い国での差別を自分事として捉えられる一番簡単な方法は、その人のことを思う想像力だからだ。

田中功起 «Vulnerable Histories (A road Movie)»MIGROS MUSEUM
会期:2018年8月25日-11月11日(終了)

アドレス:Limmatstrasse 270, 8005 Zürich, Switzerland
ホームページ:https://www.migrosmuseum.ch/en/

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